ドイツ哲学を知るうえでおすすめの7人の哲学者

戦前の日本でも「デカンショ」といってデカルト、カント、ショーペンハウアーという哲学者たちがもてはやされました。デカルトを除く残りの二人はドイツ出身です(デカルトも一時期ドイツに住んでいましたが)。近代にいたるまで、ドイツ哲学はつねに世界の哲学思想をリードしてきました。

今回は、そんなドイツ(語圏)の哲学者たちを紹介していきたいと思います。特に、岩波文庫などで、日本でも読めるようなものを、私の好みでピックアップしました。

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ドイツ語圏のお薦め7人の哲学者

まず、哲学というものを「生きる意味」というような辞書的な意味でとらえると、ドイツ哲学を理解するのは難しいかも知れません。実際に、そんなコテコテの、青臭い哲学を行っているのは、ショーペンハウアーくらいではないでしょうか。

哲学は、自然科学、言語学、心理学、精神分析学、社会学、脳科学、経済学などとも密接に関わっており、もっと広範な学問、すなわち「人間とは何か」「人間と動物を隔てるものは何か」「外界と何か」「意識とは何か」「言語とは何か」「どこから言語はくるのか」というような領域にまで及んできます。

読んだから直接実生活に役立つ、というしろものでもありませんが、ちょっとだけ視野が広がります。例えば、法学や倫理学とカント、経済学とマルクスなど、分野によっては読んでおくと便利な組み合わせもあります。ドイツで法律を勉強している私の友人は、カントを読まされたと言っていました。

以下、7人の哲学者と、彼らに関する簡単な説明と、お勧め本をまとめていきます。

1.Immanuel Kant(カント) 1724~1804

この人無くしてドイツ哲学は、そして世界の哲学史は語れないというほど有名な人物です。哲学のみならず、宗教、政治、自然科学、倫理学など、他分野にわたって引用され、また実績を残しているまさに知の巨人です。

カントの哲学スタンスは批判哲学で、これが長く強大なドイツ観念論の礎ともなったと言われています。つまり、批判を覚悟で簡略化すれば、人間が知覚できるモノ(主観)と、モノそれ自体の間には絶望的な隔たりが存在する、という思想です。つまり、我々が認識していると思い込んでいる世界と、世界そのものは別物である、と。

カントの功績は、悟性と理性の機能を切り離して糾弾した部分に求められるでしょう。カントは理性に超越論的な立ち位置を与え、現実世界を認識する機能の側を悟性(感性)に見出しました。

おすすめ作品

  • 『Kritik der reinen Vernunft(純粋理性批判)』
  • 『Zum Ewigen Frieden(永遠平和のために)』

2.Georg Wilhelm Friedrich Hegel(ヘーゲル)1770~1831

小林秀雄がかつて「ヘーゲルを理解できるようになるのは30歳を超えてからだろう」と言っていたように、非常に難解で知られるヘーゲルです。弁証法を通じた人間精神の発展、という、ある意味で崇高な、そして全体主義的なテーゼを含んだもので、それゆえ、一部の哲学者などによって批判を受けています。

弁証法を(これも批判を承知で)簡略化するなら、互いに対立するモノ同士が、その対立を内在させたまま、止揚を通じて新たな段階に発展していく、という考え方です。ヘーゲルの考えは、歴史、政治などのように、体系だった学問に利用されることがあり、本人のせいではありませんが、後にマルクス主義への発展へつながっていきます。

おすすめ作品

  • 『Phänomenologie des Geistes(精神現象学)』

ヘーゲル

3.Arthur Schopenhauer(ショーペンハウアー) 1788~1860

カントやヘーゲルなど、今回紹介している哲学者たちは基本的に「難解」で知られる者たちばかりです。私も、理解するまで2、3回くらい読み直しましたので、初見で理解できなくてもごく普通だと思います。

そんな中で、このショーペンハウアーだけは、初心者でも割と理解しやすい、特に直感的に分かりやすい仕様になっていますので、哲学への入門としてはお勧めできます(逆に、一番おすすめできないのはヘーゲルです)。

また、読んでいてなんだか暗い気分になる他の唯物論的な哲学書と違い、ショーペンハウアーの著書は非常にポジティブです。ユングと同様、なんだかわけのわからない死後の希望に溢れていますので、いわゆる「哲学=生きることの意味」を求めているのであれば、最適です。

おすすめ作品

  • 『Die Welt als Wille und Vorstellung(意思と表象としての世界)』

4.Karl Heinrich Marx(マルクス) 1818~1883

世界に共産主義思想を広めたプロイセン出身の思想家、カールマルクスです。彼自身の共産主義の発露はヒューマニズムにあり、すなわち、産業革命以降馬車馬のように働かされている労働者たちに真の意味で「人間として生きる」ことの意味を与えようとしたものです。

彼らの人間としての尊厳を奪っているものの諸悪の根源を、マルクスは資本主義の体系の中に隠された「剰余価値」に見出しました。ちなみに、思想的に、マルクスはヘーゲル左派、そしてフォイエルバッハの流れを継承するものですので、彼らの著書を読んでおくとマルクスの理解が進みます。

資本論は、前述のヘーゲルの精神現象学や、後述するハイデガーの存在と時間ほど難解ではありませんが、いかんせん吉川英治の三国志ばりに長い著書ですので、読み終えるまで根気が必要です。

おすすめ作品

  • 『Die deutsche Ideologie(ドイツ・イデオロギー)』
  • 『Das Kapital(資本論)』

5.Edmund Gustav Albrecht Husserl(フッサール)1859~1938

フロイト同様、出身はオーストリア帝国のユダヤ家庭です。元は数学者ですが、そこから論理学的な思考を経て、哲学に畑を移しました。数学者出身らしく、彼の著作を読むと、非常に「数学の証明ちっく」に几帳面に物事を証明していきます。

彼が礎を築いた「現象学」の思想は、その後ハイデガーやレヴィナス、メルロポンティなど西欧の哲学者に継がれていきます。現象学は、Zu den Sachen selbst!(事象そのものへ!)を標榜し、主観がどのように客観的な世界を認識するのか、というデカルト以降の超根源的な問題を扱った学問です。

非常に面白く、その後の西洋哲学を理解するうえで重要な思想なのですが、いかんせん、日本では彼の著書である「論理学研究」や「イデーン」は高価で手に入りづらい状況です。

おすすめ作品

  • 『Logische Untersuchungen(論理学研究)』
  • 『Ideen(イデーン)』

6.Martin Heidegger(ハイデッガー)1889~1976

近代以降の「正統派哲学者」といえば、彼の名が真っ先にあがるのではないでしょうか。「存在への問い」へ真っ向から向き合った、20世紀最強の哲学者の一人です。

彼はフッサールの弟子で、彼の思想を形作るのはフッサールの現象学から着想を得た実存主義(サルトル的な実存主義とは別の)です。つまり、死せる存在としての覚悟をすることで、人間ははじめて人間である、というような主張です。やがてフッサールとは袂を分かち、ナチスへの協力を開始したことで、ユダヤ人であるフッサールはハイデガーに対し絶望を覚えます。

死の時間的理解、死への覚悟、こうしたトピックが彼の著作の主要テーマですが、この存在への問いに肉薄するために、彼は様々なハイデガー用語を多用します(つまり、日常会話的な意味ではない言語)。それゆえ、彼の主要著書である存在と時間は長ったらしく難解だと言われています。

また、そうした「言語」への関心から、彼は詩人の書く言葉に一定の敬意を称しており、例えば若くして発狂したドイツの詩人、ヘルダーリンの詩作品を彼の著書でよく引用しています。

ちなみに、ニーチェと同様、ナチスに協力したとして批判を受けています(ニーチェは死後勝手に利用されただけなので、ただの言いがかりですが)。

おすすめ作品

  • 『Sein und Zeit(存在と時間)』

7.Sir Karl Raimund Popper(カール・ポパー)1902~1994

最後は、オーストリア出身でのちにニュージーランド・イギリスに亡命したカール・ポパーです。ニーチェでもなくヴィトゲンシュタインでもなく、7人目にポパーを入れたのは、ドイツの大学の講義で彼の「反証主義」的な考えが、割とよく使われるので、知っておくとお得だからです。

ポパー哲学は反証主義、と呼ばれるもので、いわゆるフロイトの精神分析のような、本人の解釈でいくらでも後付けできてしまうような「疑似科学」を批判しました。逆に、ポパーの信奉したのは、アインシュタインの相対性理論のように、「反証される可能性を残した」理論を好みました。

また、その経歴からか、徹底した全体主義への批判主義者で、代わりに「開かれた社会」を提唱しています。それゆえ、マルクスのみならず、ヘーゲルへも批判的です。

おすすめ作品

  • 『The open society and its enemies(開かれた社会とその敵)』

以上でドイツ哲学者の紹介は終わります。必須でもないですし、読むのに時間がかかるのでお勧めはしませんが、読んでおくと少しだけ視野が広がります。この中で、読んでおいてドイツで実際に役に立つのはカント、マルクス、ポパーくらいでしょうか。

また、ライプニッツやニーチェ、ヴィトゲンシュタインなど、他にも重要なドイツ(語圏)の哲学者はたくさん存在するのですが、今回は私の好みで7人選抜しました。