文明の進化とともに暗号も進化を遂げてきました。有名なところではすでに紀元前にカエサルがシーザー暗号というものを活用しています。
もっともそのころは、暗号自体も簡単で、すぐに破ることができましたが、数学や情報技術の深化とともに、次第に暗号も複雑なものと化していきます。
現在では、けた外れに大きな素数を用いたRSA暗号が定番となっていますが、もっともこれも、近い将来に量子力学の発展によって破られるのではないかと言われています(今はまだ大丈夫ですが)。
ともあれ、絶対に破られない暗号というものは今までは存在していません。暗号を作る側と破る側のいたちごっこが、戦争のたびに繰り広げられてきました(アメリカ軍の一番手を焼いた日本軍の暗号が、薩摩弁だったという逸話があります)。
アルトゥール・シェルビウスが発明した『エニグマ暗号機』もまた、解読不可能と言われながら破られる運命にありました。
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アルトゥール・シェルビウスの生い立ち
シェルビウスは1878年にフランクフルト(マイン)で経営者の息子として生まれました。もともと数学・科学などに興味を抱いていた彼は、1903年にはハノーファーで工学学士を取得します。
大学を卒業後、彼はドイツのテクノロジー会社に就職しますが、この時期に全ドイツを揺るがす大事件が起こります。1914年のサラエボ事件と、それに続く第一次世界大戦の勃発です。
彼自身は大戦とはあまり関係ありませんが、この時期のドイツ軍の暗号はすべてイギリスに見透かされており、それが原因でドイツは敗北したとも言われています。
戦争が終ろうとする1918年に、シェルビウスは『Scherbius & Ritter』という会社を設立し、様々な発明とともにエニグマの特許も取得します。
初めのころ、シェルビウスとリッターはドイツ海軍にこの自信作を売り出しにいきますが、けんもほろろにされます。
戦後多額の賠償金をかかえたドイツには、そんな発明に金をかける余力はありませんでしたし、第一ドイツ軍がまだ暗号の重要性に気づいていませんでした。
しかし、ドイツ軍が第一次大戦の反省をおこない、暗号強化の必要性に気づき始めると、彼らのもとに受注の案件が大量に舞い込みます。
1926年にはドイツ海軍が、1928年にはドイツ陸軍がそれぞれエニグマを使用し始め、それを機にドイツ機密情報はほとんどエニグマを介して送電されるようになりました。
エニグマの仕組み
エニグマは、大別すると『換字式暗号』という暗号形式をつくりだす暗号機でした。換字式とは、もっとも簡単な形式だとシーザー暗号もこれにあたります。
〈デアチゲノミジオサア〉みたいな暗号です。(←カタカナを平仮名表でひとつずつずらしただけのものです。例デ→ド、ア→イ、チ→ツ・・・解読するとドイツゴハムズカシイ)となります。
これは平仮名なので、濁点を入れてもせいぜい100通りくらいしか変換の仕方がないので、時間さえあればすぐに解けるのですが、エニグマはこれをものすごく複雑にしたものと考えてみてください。
一文字ごとにローターが回転して、新しい暗号鍵になるので、最低でも26!通り(4×10の26乗くらい)の組み合わせができあがります。
これに、複数のローターを用いたり、ローターの位置を変えることで、もともと天文学的だった組み合わせがさらに天文学的なものになり、誰にも解読できないようになる仕組みです。
シェルビウスの死とその後
世界恐慌前夜の1929年5月に、シェルビウスは馬車の事故で亡くなります。51歳でこの世を去ったことは、彼の輝かしい将来にとってよいことだったのか、それともこの後彼の故郷を待ち構えている悲劇を見ずに済んだという意味では、幸運だったのかもわかりません。
結論からいうと、最強の暗号機械エニグマはポーランドの数学者によって研究されたのち、イギリスの暗号局によって解読され、以後ドイツ軍は情報戦で苦戦を強いられます。
暗号を打つのが人間な以上、やはりその中に癖や片寄りが芽生えることとなり、エニグマを過信しすぎたナチスはそれとともに滅びます。
サイモン=シンというサイエンスジャーナリストの書かれた『暗号解読』という本がその経緯をまとめていますので、興味がある方は読んでいただけたらと思います。
映画だとこれが面白かったですね。