社会人の海外留学には、鬱屈した日々の生活から抜け出せるような、人を引き付ける不思議な魅力があります。実際に、会社で毎日働いているうちは、早くこんな生活とさよならしたい、海外に出て、もっと自分のやりたいことを探したい、と、はやる気持ちを抑えられません。
ただ、本当にその、海外留学に対する理想はマトを得たものなのでしょうか。海外留学は、人生を一変させる魔法ではありませんし、人によっては大きく人生の道筋を狂わせることもあります。
今回は、具体的に海外留学の準備を進めていく前に、海外留学をしたらできるようになること、できないこと、大学院に入る必要があること、ないこと、など、ドイツ海外留学の現実に関してまとめていきたいと思います。
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ドイツ留学をする前に目的を定める
ドイツに来て感じたのが、こちらであった日本人の方の中には、(会社の都合で送られてきた駐在さんたちを除くと)2パターンの種類の方がいる、ということです。一つ目は、確固たる目的をもってドイツに来た人たち。彼らは、ドイツでなければいけない理由、会社を辞めてまでドイツに来た理由、というものが明確です。
もう一つのタイプが「なんとなく」ドイツに来たタイプです。ドイツという国に憧れを持ってきた、こちらで新しい自分を探しに来た、などの理由です。
- 目的をもってドイツに来たタイプ:語学の習得が早い、就職などに成功しやすい
- なんとなくドイツに来たタイプ:語学習得などのモチベーションがいまいち
そして、語学学校などで語学の習得が早いのは、やはり前者の「確固たる目的」をもってドイツに来た人たちです。別に、わたしは後者のタイプを否定するわけではありません。私も実を言うと、そこまで意識の高い人間ではなく、半分後者のタイプに片足を突っ込んでいるような人間ですし、ドイツに来る前はドイツの大学の情報はなにも知りませんでした。就活生が「御社がいいです」といいつつ、実際のところ「御社」に関して何も知らないような状況です。
ただし、私なりにこちらでしたいこともありましたし、それなりにドイツで暮らしていく、という覚悟も持ち合わせていたつもりです。この「確固たる目的」の程度が、語学の習得にしろ、就職活動にしろ、その後のドイツの生活のクオリティを大きく分かつことになります。
ですので、まずは最初のステップとして「自分がドイツに留学したい目的は何なのか」「そもそもドイツである必要があるのか」というところから、自問し、スタートしていく必要があります。
- ドイツでの永住・就労が目的
- ドイツ大学・大学院での就学が目的
- ドイツの語学学校で語学を勉強することが目的
- 新しい文化に触れ、見識を深めることが目的
- 特になし
以下、それぞれの目的ごとに、ドイツではどんな生活が待っているのかを見ていきましょう。
1.留学の第一目的がドイツでの永住・就労の場合
ドイツの経済は安定しており、企業も基本的には優良企業が多く、残業もありません。ですので、われわれ日本人にとってドイツに居住すること、あるいは会社で働くことは魅力的に映ることでしょう。
まず、ドイツに居住することを目的とするのであれば、就職するか、大学の研究職につくか、など選択する必要があります(もしくは現地人と結婚するか)。ところが、ドイツで日本人が普通の会社でサラリーマンのような職を得るのは簡単ではありません。このためには、ドイツに来る以前にたくさん海外での仕事経験があったり、なにか技能があったり、もしくは、ドイツの大学・大学院を卒業して、ドイツの大学・大学院生と同じように就職活動をする、などの選択肢があります。
私はドイツに来る前は特段技能もなにもなかったので、ドイツで仕事にありつくために、大学院生になる、という道を選びました。ドイツに住むために、ドイツで仕事が必要であり、ゆえにドイツの大学院を卒業しておく必要がある、という論法です。
ただし、ここで先ほどの覚悟の話になりますが、日本人の文系がドイツで職を探すのはかなり厳しいと思ってください。この方のブログでも書かれている通り、ドイツ人との折衝の際のコミュニケーション能力、高いドイツ語能力など、ソフトなスキルが要求される文系の就活は、理系に比べて圧倒的に不利です。
http://www.ito-tomohide.com/entry/2015/11/27/192458
ですので、せっかくドイツの大学・大学院を卒業しても、職が見つからない、という覚悟をまずはしておく必要があります。ドイツの大学院で就学することは、「ドイツで文系日本人が就職する」というかなり難易度の高いハードルを、多少なりとも緩和させる力がある、くらいに思っておいてください。繰り返しますが、ドイツの大学・大学院を卒業しても職がなく日本に帰る人(特に文系)はちょいちょい見かけます。
おまけに、ドイツのよい会社に就職するためには、大学でいい成績をとらなければいけませんので、卒業するまでの2~3年間は毎セメスター地獄が待っています。
また、ドイツの企業に入社したからといって、必ずしも毎日が薔薇色とは限りません。業種によっては毎日遅くまで働く会社もありますし(特に金融系)、母国語以外でのコミュニケーションはやはりストレスです。日本と違い終身雇用制度があるわけでもありませんし、メリット・デメリットを加味したうえで、自分の性格にあっているのか、しっかりと見極める必要があります。
2.留学の第一目的がドイツでの大学・大学院入学の場合
上述のものは就労のために就学する、という目的でしたが、それをもう少しソフトにして、「ドイツで就学し卒業後の進路については多少柔軟に」という目的もあります。理由としては、理系の方で、将来的に日本の大学院の研究室に戻る目的、単に学歴上の箔をつけたい、英語とドイツ語を授業で使いたい、ドイツの学生生活を味わいたい、などなどです。
卒業後の進路にそこまでこだわらなければ、上述の就職のようにそこまで覚悟はいりません。せいぜい入学に必要なドイツ語の勉強をたくさん頑張らなくてはいけない程度ですし、実際にドイツの大学・大学院に入学すれば見識が広がります。
ちなみに、2年間大学院でドイツ語・英語の講義を受け続けるとどうなるかというと、それでもネイティブ並みに話せるようになるのは不可能です(私の場合は、ですので、もっと頑張って語学の鍛錬をおこなえばもっと上達していたかもしれません)。
ただ、日本にいるよりは少なくとも外国語に触れる機会も多いですし、仮に将来日本に帰国しても、年齢によっては割と仕事が見つけやすいかと思います。
3.留学の第一目的が語学習得・語学留学の場合
この目的をもってドイツに来ようと思っている方には、警鐘を鳴らしたいと思います。まず、ドイツ語はそこまで有用な言語ではありません。と、いうのも、ビジネス上でお目にかかるドイツ人はほとんど英語が堪能ですので、ドイツ語が話せるからといってアドバンテージになる場面は、ドイツの企業で働かない限りあまりありません。
では、ドイツ語を習得したらドイツで就職できるのか、というと、それは上述のとおり難しいです。手に職を持っている方、英語がネイティブばりにペラペラな人、士業、医師などの需要はありますが、仮に文系の日本人サラリーマンがドイツ語を1年そこいら勉強したからといってできることは限られています。
ついでに言えば、語学学校でのドイツ語の勉強は基礎学力を身につけるには役立ちますが、しょせん語学学校内でのことですので、やはり講師もゆっくり話してくれますし、実用的とは言えません。私も、語学学校でC1の試験に受かりましたが、実際に大学院の講義をドイツ語で受講してみてボロボロでした。
ですので、語学学校に1年通えばペラペラになる、日本でドイツ語を使った仕事にありつける、ドイツで働ける、というような話は滅多に起こらないと考えていてください。
ただ、例外として、ドイツで職人としてAusbildung(職業訓練)を受けようとしている場合、この語学習得→職業訓練の流れは有用です。例えば、シェフであったり、こうした専門職を目指す方にとっては良いでしょう。
4. 新しい文化に触れ、見識を広げることが目的
こういう考えもありだと思います。心理学、人間育成および人事マネジメントの領域でも、新しい文化との接触は人間の認識レベルを高めます。ただ、この場合単にドイツに来て、ぶらぶらと町を歩いたり、日本人ばかりとつるんでいるのではなく、積極的に現地人と接触する必要があります。
社会学者のBanduraが提唱したSocial learning theoryによれば、人間は新しい行動様式の観察や模倣を通じて自己成長を遂げることができる、と言われています。逆に言えば、他社との接触を介さずに、ただドイツに来たからといって考え方が柔軟になるわけではありませんので、失敗してもいいのでどんどん現地の文化・風習に溶け込んでいく必要があります。
同様に、この理論ではある程度失敗しても危険にさらされない環境にあること、という前提条件がつきますので、たとえ現地の風習を勘違いしていても、アフリカや中東のように身体に危険の及ぶ心配は少なくともドイツではありませんので、その点では理想的な練習の場かと思います。
ただ、そうすると、やはりドイツの大学や大学院で勉強したり、会社で仕事をしてみて、実際にドイツ人のグループと触れ合う機会を増やすほうが目的には一致するでしょう。そうするとおのずと、目的1や目的2に戻ることになります。ドイツに来て、ただドイツに暮らしたからといってドイツ人の暮らしが分かるわけではありません。
5.留学の目的が特にない場合
留学・渡航の目的がない場合、あまりこちらで得られるものはありません。もちろん、アルバイトやホテルの清掃スタッフなどの準就労経験くらいならできますし、その間にもしかしたら正規雇用されるかもしれませんし、偶然にもイケメンなドイツ人の目に留まり求婚させるかもしれませんし、何か人生が劇的に変わる可能性もあります。
あくまで蓋然性の話ですので、どう転がるかは誰にも分かりません。ただ、目的があり、方向性が定かなほうが比較的こちらで得られるものが大きい傾向にある、ということですので、逆に目的もなくドイツに来てしまう、こういった人生の休暇期間や楽観的な考え方も、私は必要だと思います。ただあくまで、旅行と違って、あてもなくぶらり旅をするには、会社を辞めてドイツに渡航する、というのはリスキーだという話です。
いろいろとネガティブなことを書きましたが、ドイツ留学を否定するわけではありません。ただ、社会人の方の場合、今までの人生をすべてなげうってまで留学する価値はあるのか、本当にドイツでなくてはいけないのか、渡航前にもう一度考えてみることをお勧めします。
最後に、私の好きな引用を一つ。
This life is a hospital where every patient is possessed with the desire to change beds; one man would like to suffer in front of the stove, and another believes that he would recover his health beside the window.
「人生とは、病人一人一人がベッドを変えたいという欲求に駆られる、いわば病院のようなものだ。あるものはストーブの前に移動したいと思い、あるものは窓の外なら回復すると思っている」