私のドイツ留学7:ドイツ大学院入学とWGへの入居

ビザの申請に始まり、ドイツの大学受験の道は平坦ではありません。もちろん、中には私よりもはるかに楽に合格した人もいるでしょうし、反面、涙を飲んで大学院を諦め、日本に帰国した人も私は知っています。

ですので、私はドイツ留学について聞かれた時、あまり軽々にお勧めはしないようにしています。本当に会社を辞め、受験に不合格になるリスクを冒してまで行く価値があるのか、私には断言できないからです。

私の場合は、幸運が続いたこともあり、最短ルートで大学院入学の許可を得ました。ただし、入学許可を得た、というのは、ドイツの大学院進学にむけて、ようやくスタート地点にたっただけなのです。入学後、私はドイツの大学院の授業の過酷さを痛感しました。

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1年ぶりの休息

ドイツの大学院から入学許可が下りたことで、会社を辞めて1年近く「無職」だった期間からようやく解放されました。あまり自慢するつもりはないのですが、高校入学以降、学歴社会のレールの上をとんとん拍子で進んできた自分にとって、この「無職」の烙印は耐え難いものでした。

私だけでなく、私のように、学歴や職歴が自分のアイデンティティの一部になってしまっている人は、同じような意見をよく口にします、すなわち、つらかったのは勉強そのものではなく、肩書の失われた受験期間だ、と。

ともあれ私は、幸運にも恵まれ、次の学期から晴れて「ドイツの大学院生」という肩書を得る権利を得ました。この事実をもって私はようやく、1年近く続いた試験勉強や鬼のような事務処理から一時的に解放されたのです。

もっとも、完璧に解放されたわけではなく、まず、大学院の入学のための書類手続きを終える必要がありました。ドイツの大学院のメールの返信速度は、非常にのんびりとしています。締め切りがN日だとしたら、N日-30日前には、すでに準備を進めておかないと、日本のサービス精神に慣れてしまっていると痛い目を見ます。

同時に、住居も探す必要があります。本来であれば大学の保持している学生寮に入居したかったのですが、入居まで1年待ち、とのことで、当座は申し込むだけ申し込んでおいて、諦めることにしました。ドイツでは現在学生の数が多く、学生寮へはなかなか入居させてもらえません(交換留学者は優先的に入れてもらえるようですが)。

私はドイツの大学院生、という社会的に信頼される肩書を得たことに調子にのって、学生寮の代わりの住居探しを物凄い適当に行いました、後に話すように、これは大失敗でした。

さらに、大学院生の肩書を得たメリットとして、親の健康保険組合にぶら下がれるようになりました。日本に帰国中、国民保険に加入し、毎月2万円程度支払いつづけていた自分にとって、これはありがたい恩恵でした。

ドイツへの再渡航

入学許可をもらってから、大学が始まるまで2ヵ月くらいの猶予がありましたので、この期間はあちこち旅行したりリラックスする期間にあてました。後述するように、ドイツの大学に入ると試験や論文の作成で、あまりまとまった休みを楽しむ余裕がなくなりますので、今思えばこれが最後の、休みらしい夏休みだったかも知れません。

その後、ドイツに再渡航します。持ち物などに関しては慣れたものでしたので、そこまで苦労することはありませんでした。入国審査も、すでにドイツの大学の入学許可がありますので、非常にスムーズです。

ドイツ人の友人によれば、ドイツへの渡航は、授業開始直前ではなく、開始するしばらく前から滞在するべき、とのことでした。と、いうのも、ドイツの大学・大学院にはまとまったクラス、という概念がなく、同級生の友達を作るには、この時期授業開始前の時期に、SNSなどを通じて行われる飲み会に参加することが必要だと言われたからです。

実際に、フェイスブックをのぞいてみると、すでに私の入学年のグループのようなものが作成されていました。

そんなこんなで、入学の2週間前にはすでにドイツに到着していたのですが、問題が生じました。私の住むことになるWGのオーナーが悪質な移民ビジネスを生業にしているようで、難民をWGにたくさん受け入れ、市役所の懇意の職員から直接彼らの補助費を差っ引いて、稼いでいる輩でした。

脱税のためか、家賃はすべて手渡し、家は雨漏りしているし、アフリカ人の難民が夜ごと騒いでいるし、一回、彼らが騒ぎすぎて、警察がくる、という騒動も勃発しました。このように、住居を見ないで選ぶと、とんでもない問題が発生することがありますので気を付けましょう。しかも、契約は1年縛りという悪質なものでした。

結局、のちに同じようにこのオーナーに騙されたドイツ人と協力して、この難民キャンプから脱走することに成功します。この話は次回詳しくまとめます。

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