活版印刷をもたらしたグーテンベルグと宗教改革への影響

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今、我々はインターネット、ラジオ、テレビ、新聞と、様々なメディアに囲まれて生活しています。

長い歴史を見てみると、それらはみな近代というほんの限られた世紀に新しく作られたものばかりです。1900年代にラジオとテレビが一般家庭にも普及を迎えるまで、私たちの先祖の情報源はおもに『紙媒体』でした。

後漢時代に蔡倫が紙を発明してのち、2000年近く我々の歴史においては紙がつかわれていましたが、15世紀半ばに活版印刷が発明できるまで、書物は主に写筆に頼っていたとされ、書物は一般大衆にはあまり手の届かない代物でした。

火薬・羅針盤と並ぶルネサンス三大発明の一つと言われる活版印刷を発明したのが、ドイツ人技師の『ヨハネス・グーテンベルグ(Johannes Gensfleisch)』です。

彼の発明によって、紙媒体は急速に普及し、のちの宗教改革をもたらします。

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グーテンベルグの生い立ち

グーテンベルグの前半生は、謎につつまれていると言われています。生年も明らかではなく、おおよそ1400年前後に貴族の子として生まれたのではないのかと推測されています。

元々はマインツの生まれとされていますが、度重なる司教、貴族、平民のいざこざのために故郷を離れ、1430年ごろにシュトラスブルグに移り住んだと言われています。

この時代は、神聖ローマ帝国の時代の一部ですが、カトリック派の対立によるフス戦争や、オスマン帝国の台頭(1453年コンスタンティノープルの陥落)もあり、まさにドイツ全体(このころはドイツという呼称ではありませんが)が混沌としていた時代ですので、こうしたいざこざが各地であったというのは、何も珍しいことではありませんでした。

シュトラスブルグに移り住んだ彼は、印刷術の研究を始めます。そして親戚などから借金をした資金で印刷機をそろえると、1450年ごろから本格的な活版印刷業を営みはじめたと言われています。

また、このころにグーテンベルグが印刷した『グーテンベルグ聖書』は、世界に50個に満たない現存数であり、各国の博物館などに飾られています(日本では確か慶応大学にあると思います)。

その後、彼は訴訟問題などを経て故郷のマインツにもどりますが、あまり彼の発明は商業的に成功をおさめたとは言えませんでした。晩年は、貧困の中で死んでいったとされています。

グーテンベルグのもたらしたもの

グーテンベルグが亡くなったのは1468年ごろとされていますが、それから15年程すると、活版印刷と密接な関係を持つルターが誕生します。

マルティン・ルターによって、教会の秘儀とされてきた聖書の内容が一般大衆にも広く普及することとなり、カトリックの専横が崩れさりました。こうして宗教改革がおこるのですが、その役割を担ったのがグーテンベルグの『活版印刷』でしょう。活版印刷によって、ルターは自身の著書をまんべんなく世に広めることができたのです。

グーテンベルグの聖書は今ではほとんど現存していませんが、彼の意志を継いだルターの功績によって、世界中の多くの人々が今では聖書を手元において読むことができるようになっています。

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