スターリングラードの戦い:地獄の市街戦とナチス・ドイツの包囲

aber das letzte Wort gilt der Mutter, oder dem Menschen den man am Liebsten hat oder nur dem Ruf nach Hilfe. (Letzte Briefe aus Stalingrad)

「死にゆくものにふさわしい言葉は、母の名か、愛すべき者の名か、あるいは救いを求める断末魔であろう」スターリングラードからの最後の手紙

1942年6月、ソビエト領内に進撃を続けるナチスドイツと、その野望を打ち砕かんとするソビエト赤軍が、ソビエト南部の工業都市で小競り合いを開始します。

独裁者の名を冠したこの都市をめぐる小さな争奪戦は、当初は誰の目にもとまることのなかった局地戦だったものの、独裁者同士の意地のぶつかり合いから、やがて大戦の帰趨そのものを決定づける凄惨な消耗戦に発展しました。

人間のあらゆる尊厳を奪い去ったと形容される市外戦、スターリングラードの戦いです。

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ブラウ作戦とスターリングラードの戦いの序章

1941年6月、ドイツ陸軍はバルバロッサ作戦を発動、300万の枢軸国兵力からなる大軍を導入し、ソビエト領内に電撃的に進撃を開始します。このドイツ軍の攻撃を予期していなかったソビエト軍は各地で敗北を重ね、前線は総崩れとなります

破竹の勢いで進撃を続けたドイツ軍は、10月には首都モスクワに迫りますが、ソビエト軍による焦土作戦、早すぎた冬将軍の到来など悪条件に見舞われてドイツ軍は敗北を喫し、結局モスクワを占領できません。こうして、ドイツ軍の企図していた、フランスと同様にソビエト首都を電撃的に占領し大戦を早めに終結させる、という目論見は破綻、戦争は長期戦に突入します。

モスクワ上空のソ連軍飛行機

そうすると、今度は今までのドイツ軍の攻勢による兵力の消耗を見て、ソビエト軍がドイツ軍に対して全線戦で反撃を開始し、ドイツ軍は窮地に陥ります。

ところが、ソビエト側がドイツの兵力を過小評価していたこともあり、この攻勢にソビエトは失敗(第二次ハリコフの戦い)、多くの兵と戦車を失いました。こうして、東部戦線は再びドイツ有利に傾く、というシーソーゲームの様相を開戦後1942年夏まで呈していました。

1942年夏、昨年のモスクワ攻撃の失敗から態勢を整え直したドイツ軍は次の目標を、首都の制圧は一時的にあきらめ、ソ連軍の主力部隊を包囲殲滅すること、そしてソ連のアキレス腱である石油地帯および工業地帯をソビエト本体から遮断することに定めました。

そうすることによって、経済的にソ連軍に痛手を負わせることができると考えたからです。こうして、ドイツ軍は、ソ連南部、バクー油田のあるコーカサス地帯に向かって進撃を開始します。

ドイツ軍によるブラウ作戦の進撃路

このソ連南部への攻撃作戦、作戦名「ブラウ作戦」の一環として行われたのが、水上輸送の要衝で、かつソ連有数の工業都市でもある「スターリングラード」への攻撃です。ここを制圧すれば、コーカサスからソビエト本体への戦車などの輸送を遮断できることから、スターリングラードは地理学的な価値を擁した一大拠点でした。

Adolf Hitler erklärte Stalingrad daraufhin zum Symbol von deutschem Siegeswillen. Zugleich verband er mit der Eroberung des strategisch bedeutenden Rüstungs- und Verkehrszentrums an der Wolga einen persönlichen Prestigeerfolg über seinen schärfsten Gegner Josef W. Stalin, dessen Namen die Stadt trug

「アドルフ・ヒトラーは、このスターリングラードの奪取こそが、ドイツ帝国必勝のシンボルである、と述べた。すなわち、ヴォルガ川交通の要衝であるこの都市の征服がもつ軍事的・戦略的意味合いと、彼の宿敵であるスターリンの名を冠した都市を征服する栄誉を、ヒトラーは結びつけたのである。」

こうして、フリードリヒ・パウルス率いるドイツの第6軍が、1942年夏、スターリングラードに攻撃を開始しました。ドイツ帝国の必勝のシンボルのはずのスターリングラードは、わずか半年後にはドイツ軍の墓場と化します。

スターリングラードの戦い

スターリングラードは工業都市で、都市内では激しい抵抗が予想されます。こうしたソ連軍による反撃を無効化するために、ドイツ空軍は市街に突入する前に、あらかじめスターリングラードに爆弾の雨を降らせました。

同時に、パウルス率いるドイツ第六軍はスターリングラードを包囲、連日の爆撃と包囲網によって、人口60万人を抱える工業都市スターリングラードは、みるみるうちに廃墟と化していきます。

Unter dem Staub näherten sich die deutschen Panzer. Die ganze Zeit kreisten Flugzeuge. Wissen Sie, in der Festung Stalingrad war ja ein ungeheurer Staub, ganz unglaublich, und kein Wasser, nichts

「瓦礫とチリの下、ドイツ軍の戦車が近づいてくる。飛行機が常に空を飛び回っている。ここスターリングラードは、ただの残骸だ。途方もなくバカでかいただのチリだ。そして水がない、他には何もない」ソビエト兵士

ドイツ軍の執拗な爆撃によって、スターリングラードは瓦礫の山となります。水も、補給も、軍事物質さえもソ連兵および市民にはいきわたっていません。ここまで徹底して事前準備を整えたドイツ軍は、9月中旬に入ってようやく市街への突入を開始します。

すでに町は半壊状態ですので、この時点ではドイツ上層部も現場も、スターリングラードはすぐに制圧できるだろう、と楽観視していました。

ところが、この廃墟と化した町の至るところには、しぶとく生き延びたソ連のスナイパーがネズミのように息をひそめてドイツ軍を待ち受けています。いくら町を爆撃で破壊することはできても、最終的に街を制圧するのは歩兵の役割ですので、市街に突入したドイツ軍は瓦礫の影から狙撃してくるソ連兵によって次々射殺されていきます。

ソビエトのスナイパー

もともと、第二次世界大戦時ドイツ軍の最大の強みは、戦車と飛行機によって相手の防御網に風穴を開け、そこに電撃的に突撃をかけ、一挙に戦線を崩壊させる、という機甲師団による電撃作戦です。スターリングラードのような市街戦に突入してしまうと、この持ち味の機動力は全く活かせないことになります。

ドイツ軍は、つまり今までの強みであった高性能な飛行機による援護も、戦車による突撃も捨て、肉弾の兵士同士が捨て身で殺戮を繰り広げる、いわばソ連兵と同じ土壌である「白兵戦」に引きずり込まれてしまったのです。

The first-hand accounts also bring to life the terrifying ordeals suffered by both sides in the gruelling house-to-house street fighting which dominated much of the battle. In some cases the Red Army would find itself occupying one floor of a building while the Germans held another. “In this street fighting, hand grenades, machine guns, bayonets, knives and spades are used,” recalls Lieutenant General Chuikov.

「ソビエト兵による調書は、このスターリングラードの戦いの大半を占める、家々を隔てて行われた凄惨な市外戦の生々しい様子も鮮明に伝えている。ときには、ソビエト軍がビルの一回を占拠し、ドイツ軍がそのほかのフロアを占拠している、というケースもあった。”この市外戦では、手りゅう弾、マシンガン、銃剣、ナイフ、鋤などあらゆる武器が使われた”と、シューコフ将軍は語る。」

数日で片が付く、というヒトラーの予想に反し、スターリングラードをめぐる攻防はなかなか思うように進捗しません。わずか数メートルの陣地を取り合って、顔を向かい合わせながらドイツ軍とソビエト軍が死闘を繰り広げます。

ドイツ軍のほうはもちろん、敵国内ですので退路はありませんし、ソ連兵のほうもまた、敵に背を見せようものなら上官からその場で射殺されます。お互いに逃げ場のない、極限の状況下での戦争は、次第に両軍を悪魔のように変えていくこととなります。

Major Pyotr Zayonchovsky recalls finding the body of a dead Russian comrade who had been tortured by the Germans: “The skin and fingernails on his right hand had been completely torn off. The eye had been burnt out and he had a wound on his left temple made by a red-hot piece of iron. The right half of his face had been covered with a flammable liquid and ignited.”

「ピョートル少佐は、ドイツ軍によって拷問されたロシア軍戦友の亡骸を発見したことをこう語る。彼の右手の皮膚と爪は完全にはがされていた、目は焼かれ、左のこめかみは熱く焼けた鉄によって燃やされていた。彼の顔の右半分は可燃性の液体をかけられ、燃やされていた」

スターリングラードの瓦礫を進軍するドイツ軍にとって、上述の通り、最大の脅威はソ連軍のスナイパーでした。例えば、ヴァシリ・ザイツェフというソビエト赤軍のスナイパーは、このスターリングラードで150人のドイツ兵を殺しています。そのため、ドイツ軍はソ連軍の拠点を潰すと、真っ先にスナイパーをこのように残虐な方法で殺していきました。

こうしたドイツ軍の行為は、逃げ場のないソ連兵をますます狂信的な戦闘行為に駆りたてます。銃が無くなれば銃剣で、銃剣が無ければスコップや鋤で、あらゆる原始的な戦闘本能を動員し、ドイツ軍に襲い掛かり始めたのです。こうしたソ連兵の突撃により、ドイツ軍は次第に兵力を損耗していきます。

The accounts suggest the invading German army’s murderous and brutal occupation of the Soviet Union was one of the prime motives behind the Red Army’s ferocious counter-offensive.

「スターリングラード・プロトコル(ソビエト兵による戦後のインタビュー調書)によると、ドイツ軍の残忍で野蛮な行為が、ソビエト赤軍をこうも血に飢えた反撃に駆り立てたとのことである」

もはや、スターリングラードには戦時国際協定もなければ、騎士道もありません。人間のむき出しの野蛮さが、獰猛な獣のようにお互いの兵士をただ殺戮のみの目的に駆り立てていきます。

ソビエト兵の突撃

http://www.rhein-zeitung.de/stalingrad_artikel,-stalingrad-mit-einem-der-letzen-flieger-raus-aus-dem-kessel-_arid,514194.html

ドイツ軍は、10月末ごろには、すでに町のほとんどを占領していました。ソ連兵の潜んでいそうなところは害虫を駆除でもするかのように火炎放射器を浴びせかけ、息も絶え絶えのソ連兵を殺戮して回ります。にもかかわらず、自分の名を冠したこの町を死守したいスターリンの意向により、殺戮マシーンのような兵士がこの地獄のような戦場に無尽蔵に送り込まれてきます。

“Fighting is going on inside the elevator’, one of their soldiers wrote. ‘It is occupied not by men but by devils, whom no flames or bullets can destroy. If all the buildings of Stalingrad are defended like this, then none of our soldiers will get back to Germany.”
― Michael K. Jones, Stalingrad: How the Red Army Triumphed

「戦闘はエレベーターの中でさえも行われた、と兵士の一人が述懐する。もはや、街は人ではなく、火や銃弾でさえも打ち破ることのできない悪魔によって占領されているのだ。もし仮に、スターリングラードの全てのビルに、このように悪魔が居座っているのであれば、我々ドイツ兵の誰一人として故郷に戻ることはできないだろう」

こうしたソ連軍の徹底抗戦と、殺しても殺しても増員され続けるソ連兵の状況を見て、現場のドイツ兵も次第に状況を絶望視するようになってきました。個々の戦闘において、確かに兵の質も武器の質もドイツに分がありますが、相手にはまるで働きバチのように死を恐れない無数の兵士が沸いてでてくる状況です。

ドイツ軍のほうも、肉弾戦を2か月も繰り返していたため、着実に兵力を消耗していきました。にもかかわらず、街はあと一押しで陥落しそうなところまできていますので、ヒトラーは絶対に諦めません。むしろ、虎の子の部隊を次々とこの地獄のようなスターリングラードに送り込んでいきます。

Bis Mitte November eroberte sie rund 90 Prozent der Stadt.

「11月中旬までに、ドイツ軍は町の90%を制圧した。」

戦闘の終わりが近づいていました。ソ連兵の補給は限界に達しようとしています。ドイツ兵のそれもまた限界に近かったのですが、ヒトラーの狂ったような突撃命令により、多大な犠牲をこうむりながらも、スターリングラードはほぼドイツ軍の手中に収まりました。

仮にこれが、チェスのようにあらかじめ決められた駒で戦う戦闘だったとしたら、ドイツ軍は勝利を収めていたでしょう。ところが、戦争には、チェスや将棋のようにフェアなルールはありません。一度駒を失ったら二度と補充できないルールのもとで戦っているドイツや日本(同時期、日本は同じようにガダルカナル島でアメリカを相手に消耗戦を行っていました)と違い、ソ連やアメリカは兵や物資の補充がほぼ無制限におこなえるのです。

こうして、ドイツ軍がその補充不可能な貴重な戦力をスターリングラードで次々に消耗しているうちに、ソ連軍の新手の別動隊が、密かにスターリングラードを背後から取り囲もうとしていました。

Während sich deutsche Stoßtrupps in erbittert geführten Häuser- und Straßenkämpfen verschlissen, führte die sowjetische Südwest-Front frische Kräfte um Stalingrad heran

「ドイツ軍の突撃部隊が激しい市街戦で兵力を次第に損耗していく間に、無傷のソ連軍がスターリングラードに接近していた」

ヒトラーは盲目的にスターリングラードに、目の前の勝利に固執していました。こうして、今までドイツ軍はスターリングラードに潜むソ連兵を包囲し、ネズミのように駆除していく立場だったものが、今度は逆に新手のソ連軍によって包囲され、駆除されていく立場に入れ替わってしまったのです。

そして、この「スターリングラード」というソ連軍の大きなネズミ捕りの罠にはまったのは、ドイツ第六軍および枢軸軍兵力、あわせて30万人の精鋭です。同胞を殺戮され、復讐に燃えるソ連軍の逆襲が始まりました。

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