HUGO BOSS(ヒューゴ・ボス)の歴史とナチスへの協力

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海外ファッションブランドというと何を思い浮かべますでしょうか?

例えば女性ではイブサンローランやバレンシアガ、男性ではアルマーニやバーバリーなどでしょうか。思い浮かべてもらえば分かるように、それらは大体イギリスやフランス、イタリアのものではないでしょうか。

ドイツのファッションブランドでは『HUGO BOSS』が有名です。現在では全世界に100店舗以上、10000人近い従業員を抱える『HUGO BOSS』は、1924年にドイツのファッションデザイナーであるHugo Ferdinand Bossによって設立されました。

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ヒューゴ・フェルディナンド・ボスの生い立ち

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1885年、フーゴ・フェルディナント・ボス(de:Hugo Ferdinand Boss)は南ドイツの小さな都市に、5人兄弟の末っ子として生まれました。18歳のころから商人のもとで紡績などの修業を積んだ彼は、両親の営んでいた婦人用商店を引き継ぎます。

このころ、アナ・カトリーナとの結婚生活をはじめ、娘も設けるなど順風な生活を続けていたボスですが、1910年代になるとヨーロッパの雲行きが怪しくなり、1914年6月にはボスニア事件とともに、第一次世界大戦が勃発します。

1914年から18年まで、彼は上等兵として徴兵され、その後無事帰還しますが、このときから、ドイツは戦後の多額の賠償金のために国内経済・情勢が不安定になり、ボスも、自らの会社を安定させるために『Schneiderei Hugo Boss(仕立て屋ボス)』として、男性衣服や作業服の販売・クリーニングなども始めるようになりました。

また1924年には現在のヒューゴ・ボスの前身でもある服飾工場を立ち上げ、ここで大規模な製造やクリーニングをおこなったとされています。しかし、この後世界恐慌の影響で、倒産するなど、事業は順調とはいきませんでした。

1931年、彼の人生の大きな転機が訪れます。ナチ党への参加とともに、ヒューゴ・ボスの支援を表明することで大規模なナチス軍服の受注を一挙にうけるようになったのです。

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その2年後にはヒトラーが政権を掌握し、ドイツにはHUGO BOSSの手がけた軍服を着た党員の姿が数多くみえるようになります。

ナチスが政権掌握をしたのは1933年のことです(この1933年という年は多くのドイツ人にとって重要な年のようです)が、その原因を探るためにはそれ以前に遡らなければいけません。

ナチの台頭とともに、HUGO BOSSにも次々と受注の話が舞い込んできて、倒産から一転、彼の会社は成長を遂げていきます。このとき手がけた多くの軍服は茶色や黒色で象徴されるもので、映画などでもよく目にします。

ちなみに余談ですが、このときにポーランドやフランスの労働者を『奴隷さながらに』働かせていたとして、1999年にイギリスの弁護士がHUGO BOSSおよびその家族に対して訴訟する動きがおこりました。

戦後と現在

1945年5月に、ナチスが崩壊しドイツ第三帝国は終焉を迎えます。それとともにHUGO BOSSとナチスの蜜月関係も終わりました。

アメリカ軍は、HUGO BOSSに『ナチスに協力した罪』として、彼の会社に当時の金で$70,000という過酷な制裁金と事業停止を課します。それから3年後の1948年、彼は失意のうちに63歳で亡くなりました。

しかし彼の死とともに、HUGO BOSSの社運がついえたわけではありませんでした。その後、彼の娘婿のEugen Holyが事業権を継承すると、1950年代に発表したメンズスーツが好評を博し、その後息を吹き返します。

その後も、F1との提携や、男性用香水や時計の販売など事業を拡大していき、ドイツでもっとも名の知れたファッションブランドとなりました。

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