日独関係史を振り返る2(戦後の経済成長、反共の防波堤、中国との貿易)

Germany

前回に引き続き、日本とドイツの関係史を追っていきます。今回は戦後からのスタートです。

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戦後の日独関係史

さて、戦後になると列強間のパワーバランスが一挙に崩壊します。まず、ヨーロッパはナチスドイツの進撃と空爆でぼろぼろになり、復興まで随分と時間がかかることになり、おまけにオランダ、フランスなどは戦後の独立戦争で次々にアジアの植民地を失い、結果として欧州は覇権の座をアメリカとソ連に譲ることになります。

そのため、この時代になると「西側諸国」と「東側諸国」に世界が分裂することになり、日本と西ドイツは盟主アメリカの下である「西側諸国」に一緒に組み込まれます。日本と西ドイツの立場が似ていたのは、ともに西側陣営と東側陣営のちょうど境目に位置する立場で、これらが赤化したり、ソビエトに占領されると途端に厄介なことになります。

というわけで、アメリカはここで一気に西ドイツと日本に対する態度を軟化させます。別にアメリカが敗戦国に対して特段やさしかったわけではなく、本来は二度とアメリカさんに立ち向かわないよう、ドイツと日本の産業を完全に解体するつもりでしたが、ソビエトという共通の敵ができたことにより、そしてさまざまな経済的要素を考慮した結果、ドイツと日本を共産主義に対する庭先の番犬として飼いならすほうがよいと判断します。要するに「反共の防波堤」の完成です。

一応経済的にはソビエト対策として日独を支援することに決めますが、念のためドイツと日本がまたとち狂って戦争を仕掛けてきてもいやなので、アメリカは思想統制を始めます。日独に対して君たちは悪者だ、これから改心しなさい、的な教育をほどこします。この教育が功を奏し、今は多くの日本人、ドイツ人が第二次世界大戦をすっかり悔い改めるようになりました。当時はどこの国も自国の利益のために動いているわけで、これを戦後の倫理観で敗戦国だけに悔い改めさせるのはアンフェアーな気がしますが、ともあれこれによってアメリカは従順な走狗をアジアとヨーロッパに配置させることに成功しました。

その後、アメリカの積極的な支援もあり、お互いに経済的な成長を経験しますが、この両国の経済発展の原因は今もって議論されています。朝鮮戦争による特需景気や、経済支援の影響も示唆されていますが、ほかにもマーシャルプランの援助を受けていた国はあるわけですし、戦後外地に存在している財産(知的財産服務)を接収されたのに、日本とドイツだけがこのように急速に経済発展した理由は、やはりある程度の技術や知識の蓄積が存在していたことが大きいと思われます。

というわけで、ここから現代に至るまで、日独関係は戦後の秩序化にあって比較的穏便な時代を過ごします。お互いに遠い国ですし、アメリカや中国のように激しい戦闘をしたわけでもないので、歴史的にそこまでいがみ合う必要もなく、かといってお互いにそこまで友好的な歴史でもないです。

ドイツの中国押し

さて、現在日本とドイツはお互いに重要な貿易相手国で、同時に自動車産業などの国際競争化におけるライバルでもあります。特にドイツの今後のねらい目は、中国マーケットで成功を収めることで、実際に すでにドイツと中国の貿易取引高は、ドイツと日本のそれを上回っています。大学の経営分野の講義でも「中国マーケット進出論」などいくつも開講されており、生徒の関心も高まっています。

これも別に日本が嫌いで中国が好きだから貿易を行うというよりも、中国のほうが金にはると判断して、その結果として中国よりの外交をする、というお話ですので、新聞などで騒がれているようにこの一事実をもって反日だの親中だの決め付けるのは一面的です。

そして、経済的に見れば輸出額が多いからといっていい事ばかりではありません。輸出依存型の経済は、国際的な不況の煽りをもろに受けやすいですし、ただでさえ中国の経済は危うい経済基盤の上に砂上の楼閣のように建てられているだけなのに、そこにのみどんどん突っ込むのはあまり得策とはいえない気がします、余計なお世話ですが。

結局、国家間の外交関係なんてその時々の利害関係に基づいておこなわれているわけですし、それに基づいてプロパガンダ政策が洗脳しやすい国民にむけておこなわれます。戦前のドイツのように、国内の不満が高まった場合には平気で黄色人種やスラブ人やユダヤ人を槍玉にあげることもしますし、国家間の協力が必要だと感じたら、手のひらを返して思ってもいない仲良しアピールをします。反日を掲げている某共産党の高官は娘を日本の大学に行かせていますし、某将軍様の側近も高級日本車を乗り回しています。

今まで紆余曲折を経てきた日独外交ですが、あくまで個人レベルでいえば、このまま将来的に何事もなければこっちに住んでいる身としてはありがたいといったところです。少なくとも戦間期の日米間のように将来的に外交関係が悪化して、対日本人収容所の設置なんてことにはならないでほしいです。

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2 Responses to “日独関係史を振り返る2(戦後の経済成長、反共の防波堤、中国との貿易)”

  1. 匿名 より:

    最後の方は自分のことしか考えていないのがみえみえ。

    • 俺ドイツ! より:

      そりゃあそうです笑 個々人がそれぞれの利得のために生きているわけであって、他人の権利や尊厳を犯さない範疇で自分の幸福を一番に考えるのは自然かと。

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